柳生心眼流甲冑兵法

 総本部長

星 裕文

〒021-0021

岩手県一関市中央町2-9-4

■ 電話(0191) 23-7429

  星 裕文

由来

 一六四〇年頃仙台藩の武士、竹永隼人兼次が各流の武道を修し、奥義を極めた後に、時の将軍家武道指南役、柳生但馬守宗矩に仕え修行して一流派を開き、柳生心眼流の名を許可されたと伝えられる。当流は伊達六十二万石仙台藩及び江戸藩邸でも広く学ぶ者が多かった。一方、国許で学んだ者、帰国した者たちにも継承され、彼らは国境警備の役に当たった。
 当流は東北地方、特に仙台藩であった宮城県北、岩手県南に普及し、流祖である竹永隼人が晩年宮城県高須賀に閑居後も多くの門人を指導し、吉川市郎右衛門、中興の祖といわれた小山左門行房と続き、多数の門弟中より相澤東軒、さらには幕末に至り仙台藩養賢堂の武道教授となった、名人星貞吉義治が継承。その一家子孫の星彦十郎國行は宗家を継ぎ、先代の星國雄國政は二〇〇五年八月二十六日に逝去し、現在、孫の裕文が総本部長として後を継ぎ、現在に至っている。

系譜

流祖・竹永隼人-吉川市郎右衛門-伊藤久三郎-小山左門行房-相澤忠之進東軒-千葉守弘-高橋義祐-佐竹森之助-加藤権蔵-星貞吉-星清右衛門國治-星彦十郎國行-星國雄國政-星裕文國雄

流儀の特徴

流名の「柳生」は活人剣の精神を、「心眼」は流祖の編み出した体の動きを表している。この体の動きが流儀を特徴づけており、初伝である基本二十一箇条(表、中極、落)の中に明らかに示されている。心を無念無想にして、相手の攻撃によって身を変化させる。柔術では待が専らであるが、武器術においては掛待ともに存在している。
 流儀のもう一つの特徴として、戦国時代以前の甲冑組討の技を体系的に伝えている点がある。戦場で不意に襲われた場合、身の回りの諸道具を利用して敵を制圧する。

伝承されている伝書

 柳生心眼流兵術初意位、柳生心眼流兵術中意位、柳生心眼流兵法甲冑免許、柳生心眼流兵法小具足免許、題柳生心眼流兵法書、柳生心眼流兵法五行伝、九字十字之巻、柳生心眼流兵法龍之巻虎之巻、天長地久巻、柳生心眼流兵法総之巻、ほか。

活動状況

総本部と各支部で初心者から当流の指導をしている。総本部主催行事としては奥儀伝授、夏期合宿、支部間の交流稽古会などがある。また古武道の真価を広く紹介するため、武道大会出場、海外演武も積極的に行っている。

●稽古場及び支部
 ▽総本部
 ▽南方支部(心武館)
 ▽仙台支部(仙台柳心会・拳心会)
 ▽群馬支部
●文化財指定  昭和五十六年、宮城県無形文化財に指定。南方支部心武館は、平成二年に南方町無形文化財に指定。
星彦十郎と門人たち星彦十郎と門人たち 第十四代宗家星國雄第十四代宗家星國雄